女の子で生まれた僕が男性として生きるまで⑭
Kazekaの代表の小山です。
女の子で生まれた僕が男性として生きるまで⑬の続きです。
入院2日目
-5:45-
6時の起床のアナウンスよりも、少し早く起きました。
手術前に胃の中を空にするために、食事は前日の24時まで、飲み物は当日の7時までにするように言われていたので、何も飲めなくなる前にペットボトルの水を1本飲みました。
僕の手術は2番目の手術で、手術室入室時間は13:20の予定です。
時間的にはまだ余裕があります。
-9:00-
手術を担当してくださる先生方が5〜6人きて、手術部位を細かく測りながら切除する箇所のマーキングをしました。
先生方が帰った後、鏡に映るマーキングされた胸を見て、手術の時間が迫っていることを実感しました。
-11:00-
手術前に点滴を始めます。
針をさすと着替えづらくなってしまうので、先に手術着に着替えて昨日買っておいたT字帯も履きました。
採血をする箇所は、わりとどこへ行っても見つけやすいと言われるのですが、点滴の場合は少し違うようで、利き腕ではない左腕では見つけてもらえず右腕につけることになりました。
-13:20-
入室の予定時間になりました。
何分経っても名前が呼ばれません。
しばらしくしてから、看護師さんに、前の人の手術が長引いていて入室時間がいつになるか分からないと伝えられました。
待っている時間が、永遠のように感じました。
-15:15-
2時間近く待って、ようやく名前が呼ばれました。
看護師さんと一緒に、点滴スタンドを引きながら手術室へと向かいます。
病棟から手術室までの距離が長くて、奥に押し込んでいた恐怖心や不安が漏れ出ていきます。
手術室に入ると、既に何人かの看護師さんと麻酔科の先生が準備をしていました。
医療ドラマなんかでよく見るその光景に、ドラマのセットってよくできているんだなと場違いなことを考えました。
自分で手術台に乗り、色々なものが身体に張り付けられていきます。
心電図モニターからの音で、自分の心拍数が速くなっていくのが分かります。
握ってくれる看護師さんの手の暖かさで、自分の手がとても冷たくなっていることに気づきました。
自分が緊張しているということを、嫌でも自覚させられます。
呼吸器がつけられいよいよ手術が始まるという時に、緊張はピークに達し、今までの辛かった記憶がフラッシュバックして、泣きたくないのに涙がこぼれてきて、軽くパニック状態になってしまいました。
麻酔科の先生に、このまま麻酔を始めるか、落ち着いてからにするか聞かれました。
何年も、何年も、この日を待っていました。
これ以上、先延ばしになんてしたくない。
麻酔を始めてもらいました。
泣いているせいで、上手く呼吸ができません。
必死で息を吸いました。
ぼやけていく頭の中で、麻酔の量を増やしていく先生の声が聞こえました。
-20:30-
手術台の上で名前を呼ばれて、目が覚めました。
呼吸を促すための管の影響で、喉が傷ついていて上手く声が出せません。
麻酔がかかっている間、何もない、白い光の中で、ずっとスーツを仕立てていました。
目が覚めているのかの確認のため、スーツのことを色々聞かれましたが、誰かの採寸をしていたこと以外はよく覚えていませんでした。
病室に戻り、看護師さんにお願いして携帯を取ってもらい、時間を確認すると20時を回っていました。
次の日に聞いた話ですが、手術は予定時間の2時間を越え、倍の4時間かかったそうです。
担当してくださった先生方には、本当に感謝してもしきれません。
意識がはっきりしてきて、足についているマッサージ機や尿の管、酸素マスク、点滴の管に嫌な違和感を覚え始めました。
-23:30-
全身がとにかく暑くて、かゆかったです。
消灯時間を過ぎていて暗くてよく分かりませんでしたが、触ってみると皮膚がデコボコしているようでした。
見回りに来た看護師さんにそのことを伝えて、ライトで照らしてもらうと、全身に蕁麻疹が出ていることが分かりました。
点滴に含まれる抗生剤が身体に合っていなかったようです。
持参したかゆみ止めの飲み薬を飲んで、塗り薬を塗ってもらいました。
看護師さんたちがずっと、患部を濡れたガーゼや氷枕で冷やし続けてくれて、夜遅くに申し訳なかったですが、とてもありがたかったです。
薬が効いてきたのか、かゆみが収まるとだんだんと眠くなってきて、浅い眠りを繰り返しているうちに朝になっていました。
長い長い入院2日目の夜が明けました。
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